「いい色になった!」

   下の写真を見て欲しい。
   もう何回もぼくの教室でつくっているお馴染みの作品(未完成)だが、いままではふつうにグレーを塗っていた。しかし今回は訳あって別の色にする必要があり、最初はためしにベージュを塗ってみた。しかしこれがまったくダメで、あわてて世界堂(画材屋)へ駆け込み、そこで約2時間、粘りに粘ってひとつの色(うぐいす色に近い色)をえらんだ。
   この時点では再度ためし塗りをしている時間はもうなく、ぶっつけ本番で、生徒氏らの目の前でその色を塗った。ところがこれがちっともよくない。濃くしたり薄くしたりと、ジタバタしたが、やればなるほど悪くなる。みんなからの軽蔑の視線が突き刺ささった。
   そこで運良く昼休憩。
   休憩中に必死で考えた。
   なんとか逆転の方法はないか。
   このファサードには、最初はジェッソ=白が塗ってあった。その上に本日うぐいす色を塗り、乾くと同時に濡れ布で拭き取り、また塗り、また拭き取りを繰り返して、なんとかアヤを出そうとしてみた。
   だがどうやらそれは失敗したようだ。
   なら“叩き取り”ではどうか。
   拭き取るのではなく、濡れ布でぽんぽん叩くようにして色を剥がしていけば、下地のジェッソ=白がまだら模様に浮かび上がり、けっこうイケルのではないかと突然ひらめいた。
   で、昼休後にやってみたら大成功。いつもおしゃべりな生徒らの鼻息が聞こえるほど、みんな黙りこくってしまい、固唾を飲んでこちらのパフォーマンスを凝視している。
   そうやってある程度グリーンをタタキ取ってから、スイヒ(水干)の粉(黒)をかすかに振りかけたら、ご覧のような色になり一同大満足。
   あーよかった!
   ——-11/28日の教室の情景でした。

この日の教室に参加していたひとりの生徒氏から「先生のレッスンは、どれひとつ見逃したくないほど勉強になります‥」という励ましのメールを後日頂戴した。ま、お世辞かもしれませんが、ありがとうございます。この日は運良くマグレが当たりましたが、これからもご期待に添えるよう頑張ります。

「100均ニッパはやめよう!」

   工作するうえで道具は大事。
   ヘタな上に悪い道具じゃ話しにならぬ。
   未熟者こそ良い道具が必要だ、みたいなことをむかしはよくしゃべっていた。道具とは、定規や、ペンチや、糸ノコの鉉(つる)や、丸ノコや、ジグソーなどのこと。
   このごろでは
 「できるだけぼくが使っている道具とおんなじものを使うとよい」
   みたいな言い方をしてるので、小生とまったくおなじものを使っている生徒がけっこういる。
   先日、放課後の酒席で、ある生徒氏が、買いそびれた裁断機のことをしきりに嘆いたことをきっかけに、やれペンチは「Keiba」が良いだとか、ボール盤は「KIRA」に限るなど、ちょっとした道具談義が勃発し、ひとりの生徒氏から
 「先生、ニッパは何をお使いですか?」
   と、問われた。しかし残念ながらとっさには答えらず、後日フェイスブックの「秘密のメーバー」(そういうグループがあるのです)宛に、下のような回答を書き込んだ。
  「写真を拡大してご覧ください。右下のニッパ(3.Peaks 精密ニッパ)だけは、もう5〜6年も使っているのに歯がボロボロになっていません。ただし一丁5000円ぐらいします。」
   と、この書き込みが好評だったので、本日ここにも掲載した。
  「3.Peaks 精密ニッパ130mm SN-130」で検索できますので、よかったらお試しください。
   ★100均ニッパはもうやめよう!

最初は三丁の中では3.Peaks(右下)が一番よごれていたので、写真を撮るに当たってちょっと磨いてみた。ちょっとのつもりがだんだんはまってしまい止まらなくなって困った。おかげで今度は3.Peaksだけがピカピカになりすぎて少しヘンですが、これで本当に5年使っています。

「少女マンガ展のこと」

    最初にトキワ荘をつくったとき、監修を務めていただき、写真や資料を提供してくださった少女マンガ家の水野英子先生、お世話になった先生から「トキワ荘マンガミュージアム」(以後トキワ荘)で開催中の「少女マンガ展」の案内状が届いた。
   で、行ってきた。
   トキワ荘へ行くのは3度目だ。
   いままでは車でだったが今回はじめて電車で出かけた。16時40分からの入場予約を入れて東長崎駅(西武新宿線)に着いたのは16時25分、駅からはタクシーでむかうつもりだったが、な、なんと駅前にタクシー乗り場がない。
   てーことは歩かねばならぬ。
   あせったわたしは道行く人々に
 「トキワ荘ミュージアムへは、どう行くの?」
   と、たずねたが、みんな知らないという。しょうがないので駅前の弁当屋に首を突っ込んでおんなじことをたずねた。だが店員も、裏から出てきたオーナーとおぼしきおじさんも、ふたりとも「知りません」という。
   バカヤロー!!!
   トキワ荘ゆかりの地で、誰もトキワ荘を知らぬのだ。
   仕方なくわたしは自分の勘ピューターを頼りに約15分歩き、予約時間ぎりぎりに到着。腰痛持ちにとってはちと痛すぎる2000歩だった。

   前置きが長くなったが、現在「トキワ荘マンガミュージアム」で下記特別企画展を開催中です。ぜひお出かけください。
   タイトル: 「トキワ荘の少女マンガ」
   日程: 2021年9月18日(土)〜12月5日(日)
   開館時間: 午前10時〜午後8時(入館は17:30分まで)
   休館日: 月曜日(祝日の場合は翌平日)
   特別観覧料(グッズ付): 大人500円/小中学生100円
   *入館には事前予約が要ります。下記URLよりお申し込みを‥。
   URL: tokiwasomm.jp

人形作家のU氏と、マンガミュージアム2階の廊下で。 写真のように2階は往年のトキワ荘を再現したつくりになっているが、1階はすべて展示場だ。「少女マンガ展」会場も1階にあり、水野作品の他にも手塚治虫、寺田ヒロオ、石ノ森章太郎など、有名マンガ家たちの直筆生原稿が見られる。アクセスは今回利用した西武池袋線東長崎駅の他にも都営大江戸線落合南長崎駅や、都営バス(白61系)南長崎三丁目バス停など、いろいろあるようだ。お調べの上お出かけください。

「ギャラリーのこと」

   コロナ禍がはじまってからは、急に客が減ってしまった「Gallery ICHIYOH」だったが、このところにわかに感染者数が激減してきた。これならば、ギャラリー復活もありうると考え、ひさしぶり宣伝することにした。
 当ホームページ「インフォメーション」にも掲載があるが、わたしの駒込スタジオには広さ20坪ほどの作品ギャラリーが併設しており、いつでも見学することができます。

 名称: Gallery ICHIYOH
 住所: 東京都北区中里3-23-22
    営業時間: 午前10時〜午後6時
 入場料: 100円
 —–年中無休
 *予めメールでご予約の上ご来場ください。

 作業場の隣にわたしの自宅があり、わたしはその一階に住んでいた。しかし二階の母が亡くなったのを機にわたしが二階へ移り、一階をギャラリーに改造した。
    オープンは2016年5月だった。
    多くの方々はオープンの直後にお見えいただいたが、そのころはある程度の間隔をあけて作品を展示していたため、いまから考えれば少しスカスカだったかもしれない。その後6〜7点の作品を追加で突っ込みいまはギューギュー。計23点の作品をご鑑賞いただけます。
    コロナ禍も一段落したことですし、お出かけには丁度良い気候です。
 ぜひ一度お越しください。
 夕方おいでいただければビールの付き合いも‥。

ギャラリーの改修工事をやっているときには、ちょうど「豊島区版トキワ荘」の制作が佳境に入っていたころで、工事のことにはあんまりアタマが回っていなかった。そのため塗装のことや電気配線のことなど、あとで気に入らない箇所がいっぱいでてきた。上の写真で見ると床がいい感じだが、床は、壁や天井の色にあわせて、本当はグレーにしたかった。それがどういうわけかダークマホガニーになってしまった。
 
 

「池袋ハンズの思い出」

    池袋の東急ハンズがとうとう閉店してしまった。非常に残念である。池ハンにはたくさんの思い出があるが下の一件が一番強烈だ。
   店がオープンした1984年のこと。
   その日は水道のパッキンを買いにハンズへ向かった。商品はすぐみつかったが売り場が大混雑(大繁盛)していて、とりわけレジの行列がすごかった。まだ今ほどのレジ台数はなく、配置も悪く、また、当時は見習い店員が多くて手際が悪かった。どのレジにも数十メートルの列ができていたが、仕方なくわたしもそれに並んだ。だが遅々として進まぬレジに業を煮やし、あきらめて列を離脱し、帰ろうとした、そのときに魔が差した。持っていた水道パッキンをスルッとジャンバーのポケットに入れてしまったのだ。
   万引きである。
   少額商品のせいか、ほとんど罪悪感を感じぬまま普通に店を出て数歩あるいたところで男にグイと左手首を掴まれ、そのまま事務所へ連れて行かれた。
 「ポケットのものをみんな出せ!」
   と命じられ、水道のパッキンや、財布や、手帳や、名刺や、車のキーなどをデーブルの上に出させられ、激しく叱責され、警察に身柄を引き渡すとまで言われ、真っ青になった。それが次第に「身元引受人が来れば帰してやる」に変わり、やがて「パッキン代数百円を払えば帰ってよい」になっていった。
   そのころわたしは常にカバンを持っていた。
   ポケットのものを出したあと、彼らはそのカバンにも目をつけ、中身をみせろと言いだした。
 「どうぞ勝手にご覧ください」
  と、カバンを差し出すと、すぐに彼らが点検をはじめた。すると出るわ出るわ東急ハンズ発行の「商品引き渡し証」が5〜6枚出てきた。(前金を払って商品を取り寄せる場合、カネを払った段階で「商品引き渡し証」がもらえる)。つまりわたしがハンズにとっての上客だということが図らずも証明されたわけで、急に彼らの態度が軟化したのだった。
  結局‥‥
  「もう二度とやるなよ」
   と、言われ、放免された。
   当たり前だがその後一回もやっていない。

上の事件(?)の直後、家へ帰って女房にはなしたところ「アンタ、そのことは絶対に誰にも言わないほうがいいよ‥」といわれた。しかし国会議員になるつもりはないし、なにかの叙勲を受ける予定もない。少しぐらい経歴に傷があってもよかろうと、37年ぶりにカミングアウトした。
——–池袋ハンズさん、その節はごめんなさい。改めてお詫びいたします。

「いそがしくなってきた」

  24日の日曜日、ひさしぶりにわたしの駒込スタジオで、工作教室が開催され、写真のみなさんが集まった。
  内容は「デカルト通り48番地」制作講座。
  あまりにも長いこと、多分半年以上も自粛休講がつづいたため、講師であることの自覚や慣れや、しゃべり方や、説明のしかたといったノウハウみたいなものが、からだからすっかり消えてしまい、ふたたび以前のように振る舞えるのか、不安で仕方がなかった。
  そのむかし渋谷のパルコで、第1回目の「芳賀一洋教室」に登壇した際には、前夜にいやというほど予行演習をやって臨んだが、それでも不安だった。写真の中の自分をみると、とても不安そうにはみえないが、このとき、そんな心境だった。
  だが終わってみたら、案ずるより産むが易し、特別な粗相もなく、いつも通りに乗り切ることができた。
 「あーよかった!」
  ちなみに、あさっての土曜日(30日)午後6時から、今度は自由が丘グリーンホールでの東屋(あづまや)制作教室が、ひさしぶりに開催される。さらにその翌日、つまり31日の日曜日午前11時からは、ふたたび駒込のスタジオで、今度はブーランジェリー制作教室が、これまた久しぶりに開催される。
  もうゴチャゴチャ不安がってるヒマはない。
  なんだか突然いそがしくなってきた。
  (30日と31日の講座を見学したい方がいらっしゃればご連絡ください)。

10月24日@駒込スタジオにて。
この教室は午前11時に始まって午後3時に終わるという、主婦向けの時間設定になっている。したがって女性陣は終わったらそのまま家へ帰るが、私を含め3人の男はけっこう困る。3時じゃまだ居酒屋は開いていない。仕方なく我々はこのあとイタめし風ファミレスへとむかった。
 

「見事納入を果たす」

  群馬在住のK氏が制作していたモーターボートがやっと完成した。(ボートに関しては9/25日と10/9日付け当欄に先行記事があります)。
  18日の午後、K氏ははるばる群馬から、できたてほやほやのモーターボートを携えて、ぼくのボロスタジオへとやってきた。
  そして改めて作品の説明をしてくれた。
  しかし説明をしながら、彼は、船体のある部分の着色について、だんだんと自信を失っていったようにみえた。
 「ここは、やっぱ、青かなあ〜」
  船の側面をさすりながら彼はしきりに悩んでいた。
 「このままでもよいでしょうか?」
  と、わたしにもそう問いかけてきた。が、なにしろ原作画は白黒なので、色のことを問われても、正直いってわからない。仕方がないので納入先であるねじ式本部=阿佐ヶ谷へ持って行って、ご意見を伺うことにした。
  もし阿佐ヶ谷でNGとなれば、ふたたび群馬へ持ち帰り、塗り直す覚悟だったK氏だが、なんとその場でOKを授与され、見事納入を果たすことができた。
  バンザーイ!!!
  バンザーイ!!!

K氏作によるヤマハのプレジャーボート=PASSPORT-17に近いかたち。縮尺1/7。本体はFRPでできている。スクリュー以外はオールハンドメイド。2021年8月に制作を開始し10月に完成。制作期間約2か月。真剣な表情で見つめているのは元生徒のI氏。